教授リレーエッセイ

私と孫と看護 保健学専攻 統合保健看護科学分野 総合ヘルスプロモーション科学講座 (看護技術科学研究室) 阿曽 洋子

保健学専攻
統合保健看護科学分野 総合ヘルスプロモーション科学講座 (看護技術科学研究室)
教授 阿曽 洋子

孫は、平成21年7月現在で1歳7ヶ月である。このところ、2週間ごとに 我が家に顔を出している。見るたびに心身ともに成長している姿を見ると、 人間ってすごいと思う。そして、為すこと、お話しをすることを見て、 この子は天才だと思ってしまう。幼児期はみんな天才なのかな。

一方、私はといえば、孫が成長している分、老化しているのかなと思う。 「老化」という言葉の響きは良くない。活力が湧いてこない言葉だ。 広辞苑によると、「老化」とは「1.年をとるにつれて生理機能がおとろえる こと。2.時間の経過とともに変化し、特有の性質を失うこと。ゴムが硬化・ ひび割れ・軟化・粘着などをおこす類。劣化」と書いてある。 「劣化」という言葉はもっと辛い言葉である。人間で言えば認知症の ことかと想像してしまう。こんな思いを吹き飛ばすには孫と遊ぶのが 一番だと気づいた。

孫と遊んでいるときには、日頃の忙しさも自分の中のもやもやとした 気持ちもストレスもどこかに飛んで行ってしまう。ひたすら一生懸命に、 無心に孫と遊んでいる自分がいる。このときの自分は、孫と同年齢に なっているのかも知れない。孫から癒しと活力をもらっているように思う。

私は、看護学専攻の学生に最も早い時期に看護の概念を講義している。 これから専門分野に入ろうとする学生には、いきなり「看護とは」 という四角四面の講義をしてもなかなか取つきにくいものがある。 そこで、「看護」の解字から入っていくのである。「看」を分解すると 「手」と「目」、そして、読み方は「みる」。この字の意味するところは、 「手」は、すなわち触知、タッチング、ケアリング、そして コミュニケーションであり、「目」は観察、判断、表情である。 つぎに、「護」については、右側の字は、手で外から包むように持つ ことを示す会意文字で、外からとりまいてかばうことを意味していると。 これらから、「看護」の持つ意味は、手と目を用いて対象者を見守り、 支援し、援助していくことだと説明している。

孫との遊びは、看護から考えれば、私は孫のその時々の表情や仕草を 観察し、判断し、それに適合したタッチングやコミュニケーションを行い、 見守り、できないところをフォローして援助し、外界からの危険に対して 護るという行動をとっている。看護の歴史から考えると、看護は母が 子どもや家族に対して‘いのち’を守る行動から始まったが、私と孫とは まさにそれと同様である。母ではなく祖母であること以外は。

反面、孫も私に癒しと活力をくれている。私は、孫から精神的な看護を 受けているのである。看護の専門職ではない孫から得ているもの。 「看護」とは何か。根底に存在するのは、人間関係であると改めて思う。 人間関係を築くことが看護の基本であり、看護の機能を最大限に発揮する 源になる。

遊びを通して、このような思考を抱かせてくれる孫の力は偉大である。 やはり、人間として天才であると思う。

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